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大阪家庭裁判所 昭和45年(家)7796号・昭45年(家)7795号・昭45年(家)7797号 審判

〔主文〕申立人喜重郎同絹に対し、被相続人の相続財産である金一、八八八、二三六円を、その取得分を平等として、一括分与する。

申立人春男の申立はこれを却下する。

〔理由〕調査の結果によると、つぎの実情が認められる。

(1) 被相続人水谷奈津子は昭和四三年一月二一日に死亡し、その相続が開始したが、同人には相続人がなかつたので、相続人不存在の手続がとられ、相続財産管理人に水谷喜重郎が選任され、その後相続債権等申出の催告(昭和四四年七月一六日官報掲載)、相続権主張の催告(相続人捜索公告、同四四年一二月一五日官報掲載)がなされ、同四五年七月二〇日に同公告期間が満了したが、相続人の申出はなかつた。そして上記期間満了後三簡月以内である同年一〇月一五日に、本件申立がなされたものである。

(2) 申立人喜重郎は、被相続人奈津子の父方叔父(奈津子の父菊之助の弟)で、申立人絹は喜重郎の妻であり、申立人春男は上記両名の長男である。

ところで、上記菊之助は水谷家の長男であるが、しま(奈津子の母)と結婚した頃、一時大正区○○町に居住していた喜重郎方に同居し、同所で奈津子をもうけた後も数年同居をつづけ、奈津子の四歳頃、大正区○○町へ移転した。菊之助夫妻は男子に恵まれなかつたため、奈津子の夫に婿養子として母方いとこに当る深沢静夫を迎えた関係から、申立人らは、菊之助ら在生中はもとより、その死後奈津子が家督相続をした後も、同人ら夫妻を、水谷家のいわば本家筋に当るものと考え、水谷家の数少ない親族として、同人らの死亡に至るまで長く親交をつづけてきた。

(3) 奈津子の夫静夫は同四〇年一二月三日に死亡したが、同人の入院中奈津子が精神的に病弱なこともあつて、絹は、静夫の兄嫁深沢みつら実方親族とともに、その療養看護の世話に当つた。静夫の死後、申立人夫妻は、肩書住所に一人住いの奈津子の孤独寂寥を案じ、しばらく同人方に泊り込み、また、その後電話などでしばしば安否を尋ねるなどして、同人をはげまし慰撫してきた。

(4) 奈津子は、夫の死後一人住いをつづけ、同四二年四月頃胆石病で城東区の○○病院へ約一箇月入院したが、入院中、絹は、その療養看護に努めた。その後奈津子は、翌四三年一月一七日急病のため近隣の原田夏、細井秀子らの世話で兼び上記○○病院へ入院したが、四日後の同月二一日同病院で急性肺炎のため死亡した。申立人夫妻は、奈津子の二度目の入院中、連絡が十分でなかつたため、療養看護の世話に当れなかつたが、死後直ちに奈津子の自宅へかけつけ、喜重郎は、最近親の親族でありまた生前の関係から、喪主として、同女の葬儀等を主宰し、滞りなくこれを済ませた。

(5) 喜重郎は相続財産の管理人に選任されて以来、相続財産の維持管理に当つてきたが、奈津子が生前郷里に墓をつくりたいと希望していた意思を汲み、鳥取県所在○○寺(水谷家代々の菩提寺)に墓碑を建立し、その建立の法要その他四九日以後のすべての法要をとり行つてきたもので、今後も引きつづき申立人らにおいて亡奈津子夫妻の法要、供養を行なう意向である。

(6) 奈津子の亡夫静夫の実方親族は、奈津子死亡後の相続財産の管理の経緯に不審を感じながらも、静夫が水谷家へ婿養子入夫として入つたことであるから、本件相続財産の処置については、実方親族として無関係でありたいと願うほどで格別の関心もなく、奈津子とともに静夫の法要供養を、申立人喜重郎夫妻のほかとくに春男に将来長く執行してもらうこととして、同人らに分与されることを希望している。

(7) なお春男は、奈津子と父方の同年輩のいとことして幼時期に生活をともにしたほかは、近しい親族として往来してきたが、世間普通の交際をつづけてきたものであつて、奈津子の二度にわたる入院中も、男性のことでもあり、その療養看護の世話には当つていない。

(8) 相続財産としては、相続財産管理人喜重郎において管理清算の結果、同人が現に保管する金一、八八八、二三六円のほか、別紙目録記載の不動産(未登記)に対する共有持分三分の二がある。

さて上記認定の実情その他本件審理の経過にあらわれた一切の事情をあわせ考えると、申立人喜重郎同絹は、被相続人との近親関係、親族としての交わりの程度、同人の療養看護につくした程度、さらに葬儀を主宰し法要をつとめてきた経緯にてらし、特別縁故者にあたること明らかであるが、春男は、たんに親族として世間普通の交際があつたに過ぎないと認められ、被相続人らの将来の法要の執行については同人に期待すべき点があるにしても、被相続人の生前にとくに療養看護に努めたこともないから、特別縁故者に該当しない、と解するのが相当である。そこで、上記特別縁故者にあたる申立人喜重郎同絹名に分与すべき財産の程度方法については、上記認定の諸事情のほか、両名が引きつづき夫婦として被相続人奈津子らの法要を営み、またその後事を春男に託する立場にあることなどに鑑み、金一、八八八、二三六円全部を、両名にその取得分を平等として一括分与するのが相当である。この点に関し余事ながら付言するに、両名において平等に取得後も協議により自由にその取得分を変更し、できれば静夫家方親族の希望を考慮し、被相続人亡奈津子静夫夫妻の将来の法要に充てる費用として相当額の管理を、春夫に託するなどの措置を講ずることが望まれる。

なお別紙目録記載の不動産(未登記物件)については、本件申立当初、申立人らにおいて、同物件が被相続人の相続財産に含まれると考え、その分与を希望していたが、調査の結果によると、同物件は、亡静夫が生前自ら建築して取得したもので、その遺産であること明らかであり、従つて同物件は、静夫の死亡にもとづく相続により、その配偶者たる被相続人とその兄弟らの代襲相続人ら(静夫の亡兄深沢美喜之助の子深沢正、深沢昇助、松本勝子、浜野道子、福岡まさ子、榊喜代子および亡兄深沢進吾の子、川上佐知子、北見悦子)の共有(ただし共有持分、被相続人三分の二、代襲相続人全員で三分の一)に帰属したものである。ところが共有者たる被相続人奈津子が相続人なくして死亡したので、同人の共有持分は、民法第二五五条により、その相続人のないことが確定した上記昭和四五年七月二〇日の経過とともに、上記共有者たる代襲相続人全員に法律上当然に移転したものであるから、本件分与の対象とはならない。

以上の次第で、申立人喜重郎同絹についてはその申立に理由があるからこれを認容し、同春男については理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり審判する。 (西尾太郎)

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